箱馬を小脇に抱えて颯爽と去るヤマトのお兄さんの背中。/ 2020年8月5日

​manami tanaka

​20代/京都府

いつの間にか、家に箱馬がある。 玄関先で受け取ってそのまま玄関の真ん中に置き、それきりだった。

中に箱馬が入っていることは認識していた。同居人にもそのように説明した。 玄関と風呂の脱衣所の出口が重なるため、何度も無防備に小指をぶつけた。 それでも動かすことも、箱を開けることもなかった。 届いたときのまんま、段ボール箱に入ったままの箱馬は、引っ越し前の家で届けられたときのまま玄関先に鎮座し、しばらくして新居に運び込まれ、引越し作業中ドアを押さえる重いものとして唯一箱馬らしく活躍し、再びそのまま玄関先に放置され、逆算して集荷の3時間前、ようやく段ボール箱から顔を覗かせた。

 

置かれっぱなしだった玄関でようやく顔を覗かせた箱馬。この後そのまま箱に戻されます。/ 2020年8月5日

83日、今回の企画主である福井裕孝さんから一本の電話があった。 今日が返却日ですが、いかがお過ごしですか的な内容だった。 私はすっかり返却日を忘れており、というより認識しておらず、21日間と言っていた気がするが21日後とはいったいいつなんだろう、という状態のままとうに21日が過ぎていたようだった。 こういう細かな部分は、箱さえ開けていれば当然分かって然るべきなのだが、なんせ私は箱自体を開けていなかったのだ。 そのうち段ボール箱は、玄関にあることが当たり前すぎて意識にすら上らなくなっていた。 福井さんからの電話を受けややあって中身を見てみると、そこには予想通りの箱馬とていねいな説明書き、あとはおまけに、これまたていねいに梱包されたサクマ式ドロップス非常・携帯用(ビタミンC配合)が入っていた。 私はそのときはじめて箱馬に愛着が湧いたのだった。 ところが3時間後には集荷が決まっている。いつヤマトの方が来てもいいように、私は今開いたばかりの梱包をもう一度元に戻し、段ボールを閉じた。 予定通りに集荷はやってきて、この真っ黒な段ボールを気にもとめず、あっさりと持ち去ってしまう。 あまりにも名残惜しくて、ついヤマトのお兄さんの後ろ姿を追いかけてしまった。

5階分の階段をあっという間に降り切ってしまったヤマトのお兄さんと小脇に抱えられた箱馬。/ 2020年8月5日

結局一度も部屋の中に入ることのなかった箱馬。 結局一度もダンボールから出ることのなかった箱馬。 いなくなって初めて申し訳なくなってきて、代わりにこのサクマ式ドロップスを大切にしようと心に決めた。いろいろなものを見せてやりたい。 箱馬の代わりに部屋に招き、ベランダに出て窓からの風景を見せてやる。 箱馬の代わりに行動を共にし、箱馬の代わりに一緒に食事をとり、箱馬の代わりに一緒に眠った。 箱馬の代わりに飲み屋へ連れて行き、箱馬の代わりに人に抱かせ、箱馬の代わりに親族に紹介した。 気づけば箱馬が家にいた頃より、いなくなってしまった今の方が箱馬のことを考えている。

サクマ式ドロップス、これが空だよ。

寝かしつけの様子。

プロフィール〉

manami tanaka

1990年京都生まれ。 京都造形芸術大学舞台芸術学科卒業、京都造形芸術大学大学院芸術表現科修了。 忘れられるものについて考えながら、文章や写真を用いて、いつかかならず「あの頃」になる今のための制作を行っている。

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