ソファでクッションと一緒に昼寝する安逸な日々。

西谷真理子

編集者・ライター/60代/東京都

「箱馬」が届いたのは、712日、日曜日の朝だった。

ツヤのない真っ黒な段ボール箱が届いた。ガムテープも真っ黒で、まるで黒く塗装してあるような特別な箱。

これが箱馬?

福井裕孝さんにメールで問い合わせ、箱馬はその中身だと知る。

 

黒い箱に入っていたのは、黒く塗装された頑丈な木の箱で、大きさは60×25×12センチ。予想していたほど大きくない。中は空洞で、広い面(60×25)の中央には、それぞれ丸くくり抜かれた穴がある。これは何のための穴なのか。中をのぞくと何か入っている。細い棒のようなもの。手探りで触ってみると、棒の先にもじゃもじゃした手触りがある。ハタキのような掃除道具を想像しながら引っ張り出すと、ガーベラだった。黄味がかったオレンジのガーベラ。子どもの頃、ガーベラが好きだった。1本の茎に花がひとつという孤高な感じと、都会的なツンとしたスマートさに惹かれたことを思い出した。よくできた造花。

 

さて、これとどうやって暮らしていくと、「演劇的」になるのだろうか。

その前に、この箱馬を預かるプロジェクトに応募したきっかけを書いておこう。

コロナで神奈川芸術劇場(KAAT)での公演が中止になった岡田利規さんの「未練の幽霊と怪物」(私も予約していた)のオンライン版(正確には、「上演の幽霊」という)を627日に観て、とても良かったので、翌28日の再演を演劇好きの何人かの友人に知らせたところ、その中の1人が、「シアター・マテリアル」を連想したと言ってサイトを教えてくれ、そこで「箱馬」という劇場の備品を外に貸し出すこのプロジェクトが偶然目に留まったのだった。

若い頃私は、部屋の中に小屋を建てて、その中で暮らすことでどのくらい自由になれるかという妄想にとりつかれていたことがあり、この募集を見た途端、箱馬がどんなものかも知らないまま、そのような異物が生活に混入してくることへの興味にスイッチが入った。しばらくの間、私が収まることのできる大きさの箱馬(ほとんど期待値はトロイの木馬!)が届くことを秘かに期待していたが、届いたものは、想像よりはるかに小さかった。

箱馬の定位置。リビングの片隅にある白いテーブルの上。

台所にだって行く。

この新しい居候を受け入れた頃の私の生活は、4月以来の強いられた外出自粛によって生まれたstay homeという名の引きこもりがだいぶ板に付いてきていた。呆れるほどの自由時間があり、強いられるものは多くない。仕事も含めて外出が圧倒的に減り、その運動不足を補うために、GW明けあたりからは、ネットで出会ったやり放題のリモートヨガを始めた。ほぼ毎朝30分から2時間くらいのヨガは私の新しい習慣となっていた。それ以外は、食事の支度に洗濯、掃除、時々買い物といった家事以外には、音楽をかけながら本を読んだり、手紙やメールを出したり片付けをしたり、散歩したり、時々人に会う淡々とした快適な生活が続いていた。

 

箱馬は、動かないペットのように神妙にしていた。リビングの低いテーブルか、食卓を定位置にして、寂しくないように、お供のガーベラを添えた。よく見るとガーベラを挿すための小さな穴もある。箱にはTHEATRE E9 KYOTOとグレーで刻印されている。そうかE9の箱馬なのか。昨年の11月に地点の「ハムレットマシーン」をE9で観たけど、ずいぶん昔のような気がする。京都の大学に教えに通っていたときは、ずっと仮住まいを持ち、時間があれば長期滞在して、子ども時代を過ごした京都を復習したものだ。最初の3年間は、麩屋町通蛸薬師下るという町中に住み、後半の2年間は、東九条の一軒家のシェアハウスに住んだ。東九条はたまたまの選択だったけど、「パッチギ!」の舞台でもあるディープな場所と関われたことは収穫だった。そうか、箱馬の出自はE9=東九条なのか。
「ハムレットマシーン」を見たその半月後に、もう一度京都に行って、ロームシアターで南野詩恵さん率いるお寿司の「菠薐心中」を観てレビューを書いたけれど、2020年になってから京都へは行っていない。

その後、日本列島は新型コロナウィルスに罹患して、京都の大学での半年に一度の授業も中止になった。

 

「コロナ」という名前の空白。止まった時間を不思議な仕方で生きている。世界はいきなり収縮したようだ。そしてついこの間のことがスムーズに思い出せなかったりする。

本棚の中に紛れ込むことも。

ベトナムのお土産を置くと箱馬は大きく見える。

人形なら箱馬の中に飛び込むこともできる!

箱馬の来訪から10日ほど経った。鎌倉に住んでいる次女が夫の旅行中にもうすぐ1歳の娘を連れて、里帰りして数日滞在した。テーブルの上の箱馬を一瞥するがそれ以上詮索しない。そのうち、もう1人の3歳半の孫も親とやって来て泊まっていく。こちらは、箱馬はふうんと見ただけだが、穴に挿したガーベラに興味を持ち、ずっと握っていた。2人が箱馬を乱暴に扱わなくてよかった。箱馬は、いつもの居場所で、静かなペットのようにじっとすることができた。

コロナの自粛期間でも私の家族や友人たちは気にすることなく往来をして、食事を楽しんでいる。

ベランダから外を見る。東九条とはだいぶ景色が違う。

新宿の夜景だそうな。

みんなが帰っていったある日、部屋の中を歩いていると、足がフカッと沈み込むところがあることに気がついた。この部屋は中古で買ったあと、床をフローリングに改装したものの、下の階の住人と揉めて、仕方なく、板の床の上にタイル式のカーペットを敷き詰めたという経緯がある。それから20数年が経ち、揉め事があったことも、フローリングの存在も、すっかり忘れていたのだが、床が沈み込んだために、タイル、といっても一辺50センチほどのウールとゴムを張り合わせた床材を持ち上げてみた。そうしたら、フローリングの一部が腐って、カビが生えているではないか。その箇所の周辺4カ所ばかりで同様の腐食を発見。最初は白木の明るいベージュ色だった木も、カーペットの下で人知れず老化を進めていて、色は黒ずんだ茶色になって、表面はカサカサに割れていた。かつてカタログを取り寄せてあれこれ考えながら選んだのに、少しも手をかけることなく、こんなに変貌させてしまったことに、なんとも言えない申しわけなさがこみ上げて来る。豪雨で床上浸水したら、こんなことではすまないだろうけど、その場合は、原因は天災だ。いや、それは、やはり、と思いはめぐる。

そう言えば、この引きこもり生活の間に、いろいろなモノが壊れた。皿洗い機、CDコンポ、ウォッシュレット、、、。

長い間開けてなかった戸棚を思い切って整理しようと思いたったのも、箱馬の滞在中だ。そこでもまた、途中でやめたいろいろな記憶と対面することになってしまった。

 

箱馬は、結局無口なペットのようにそこにいて、私の室内での体験を静かに見守ってくれた。もっと演劇的な付き合い方があったのかもしれないけど、そもそもペット自体おとなになってからは飼ったことのない私には、よくわからないのだった。

時々はペットのように、ピアノの上に。

プロフィール〉

西谷真理子(にしたに・まりこ)

元ファッション雑誌の編集者。現役時代は、ファッションと異ジャンル(アート、建築、演劇、ダンス、文学、音楽など)との接続をテーマに特集を作ってきたが、退職後は、ファッションを一つの視点として文化を読み解くことに関心を持っている。興味のあるジャンルは演劇。2013年から5年間、京都精華大学の特任教員を務める。その間に京都エクスペリメントや地点の演劇に親しんだ。

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