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祖母の編み物をかぶっています / 2020年8月1日  13時

匿名希望
東京都

そういえば、箱馬を直に見るのも久しぶりだなと思う。私は俳優として演劇に関わっていて、劇場も、箱馬も、慣れ親しんだものだと思っていたけれど。自宅に、その黒い箱が届いた第一印象は、その嵩の大きさだった。かさばる。ワンルームの狭い自室にあると、劇場で見るより大きく感じる。(思ってたより邪魔だなあ。)箱馬といえば、劇場にはたくさんあるもので、数あるパーツの一つという感じだけど、自分の部屋にあると、たかが一つの存在を大きく感じる。劇場って大きかったんだな。 黒い箱には、丸い穴が開いていて、その中に、白い造花が一輪忍ばされていた。これが「おまけ」なのかな。「今日から21日間、お世話になります」と箱が言っているようにも思える。ようこそ、はじめまして。京都からはるばる、お疲れさまです。こちらこそよろしくお願いします。

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​開梱時 / 2020年7月12日  25時

開梱したものの、どうしたものか。とりあえず、部屋の適当な場所に、立てて置いておく。狭い部屋のどこにあっても生活の導線に影響するので、通るたびにちょっと場所をずらして自分がスムーズに移動できるようにするけど、それでもいつもより直線的には動けなくなる。横に寝かせるのではなく縦に置いたのも、その方が床接地面積が少なく済むから。入りたてのアルバイトみたいに、所在なさげに佇む黒い箱。ただ、立ち尽くしている。「なんかできる仕事ないですかね」うーん、ちょっと待ってね。申し訳なく思いながら、数日経つ。 自粛期間に入ってから、作業やら会議やらオンラインでやるようになって、ほとんど自宅でパソコンの前にいる。それまで自宅は、寝食の他はだいたい怠ける場所で、仕事をしやすいようには作られていない。仕方なく、出窓をデスク代わりにして、昔買った適当な椅子に座って作業するのだけれど、すぐにお尻が痛くなる。もう少し座面が低かったら、ましなのかな(高さ調節の機能などない)。あるいは、足元に小さな台があって、そこに足を置くことができれば体重が足とお尻にいい感じに分散するのでは。そう思っていたことを思い出す。箱馬さん、とりあえずこの仕事してみますかと、椅子の足元に寝かしてみる。数年前に亡くなった祖母の編み物を上面にかけてみて、その上に足を乗せてPC作業する。ちょうどいい高さ、よりは、高すぎる。けど、ないよりは、良いかもしれない。こんな、「ないよりは、良いかもしれない」仕事をさせられて、箱馬が本意かどうかはわからない。「自分はこんなことをするために、ここに寄越されたのか。本当だったら、いろんな演劇のいろんな縁の下で力を発揮していたはずなのに。ちくちょう、情けない。」 まあ、まだ2週間以上あるし、色々やってみましょう。変なところに置いてみたり。思わぬ使い方が見つかるかもしれない。ここは、とりあえずで。 そう思っていたのに、この頃から妙に私の仕事が立て込んでしまう。ちょっと落ち着いたら他の場所や用途も試してみましょう。そう思っているうちに期日を迎える。椅子の下がちょうど部屋の隅で、置き場所としておさまりがよかったせいもあるかもしれない。もう、かさばるなあ、とも思わなくなっている。嵩の印象は、時間とともに変容するものなのだな。出会った最初の方と、今と、どちらの印象が、本当の箱の嵩なのだろう。 今、足の置き場を失って。PC作業を続けているとやっぱりすぐにお尻がいたくなる。多分、箱馬があった方が、もう少しましだった気がする。気がする、くらいなんだけれど。 ああ、他にもいろんな置き方してあげたらよかったなあ。部屋を見渡しながら。こことか、ここに敢えて縦に置いてみるとか、あ、ここも面白いかも。想像上で、箱馬を部屋に設置してみる。 箱馬は、今もう京都の劇場のどこかにあって、数ある箱馬のうち、どれが21日間生活をともにしたものなのかはもうきっと分からない。もう一度出くわすことはあっても、認識することはできないことを少し寂しく思うけれど、同時に、勝手な感傷だなと思う。

 

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作業用の足置き場として / 2020年8月1日 13時

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