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テーブルで人とものが共演する『デスクトップ・シアター』。少し謎めいて見えるこの作品、作り手にとっても試行錯誤の連続です。いったいどういう作品なのか、具体的なエピソードやキーワードをドラマトゥルク(座組全体のサポート役)の朴建雄がクリエーションメンバーから聞き、創作の現在地を共有していきます。

今回は5回目。出演の鶴田理紗と野村眞人に話を聞きました。

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vol.5

実感から流動的に上演する

鶴田理紗(出演)/ 野村眞人(出演)

 

流動的なプロセスをおもしろがる

 

 

朴   鶴田さんは今は京都の稽古場にいらっしゃいますが、これまでの稽古はずっと東京でされてたんですよね!まず、この公演への参加のきっかけや、実際に東京と京都で稽古をやってみてどうか、についてお話いただけますでしょうか?

 

鶴田  福井さんのことは存じ上げなかったのですが、たまたまネットでこの公演のオーディション情報を見て。そこに福井さんが、結果やゴールを決めずにプロセスをそのまま上演できないか、そういう創作に興味がある、みたいな感じでたしか書かれていました。わたしもちょうど同じことに興味があって。演劇を作るときは、どうしても本番という期限があるので、ゴールに向けてあれこれ決めていかなきゃいけないんですけど、もっと結果より過程自体をおもしろがりたいと色々な現場をやるたびに感じていたので、共感できる部分があるなあと思って、そのために京都に行ってオーディションを受けました。

 

朴   それで、東京からわざわざ京都に行かれるのはすごいですね......。ものすごい関心。

 

鶴田  ちょうど『へうげもの』という漫画にハマっていて、古田織部が気になってた時期で。京都にある古田織部美術館に行きたいというのも後押ししましたね笑。

 

野村  行けました?

 

鶴田  行けました!こじんまりとした美術館でした。で、オーディション受けて、福井さんはおだやかな人で、話してていいなと思いました。物腰柔らかでしたね。同席されていた黒木さんもそうだったので、和やかにお話できてよかったです。

 

 

野村  黒木さんも物腰柔らかいですからね。

朴   なるほど。しかしながら、今回の稽古は緊急事態宣言で5月のあいだ長い期間稽古場が使えなくなって、それで6月の稽古日程が詰まったりとか、結果に向かう感じになっちゃった感じもありますよね。そのあたりのやってみての実感も気になります。

 

鶴田  まあでも結果に向かってますね、いったん笑。でも明確なゴールがあるというよりは、今もずっと試したりしてて、流動的な感じですね。昨日から京都に来たんですけど、まだガラッと変わる可能性を秘めてる。公演中もいろいろ試したりできそうな作品になってる気はします。

 

 

朴   普通の演劇は、「こういう上演にする」というゴールに向かって固めがちだけど、この作品は流動性が重要なんでしょうか?

 

鶴田  そんな気もしてるというか。ずっと東京で、1つのテーブルを使って吉野さんと2人で稽古してたので、京都に来て7つあるテーブルのうちの1つとなると、やっぱり違いますね。東京ではちっちゃくやっていたなと思いました。京都の稽古場のスケールだと、周りに人がいて、音があって、全然環境が違うので、たくさん影響を受けました。それはいいことだと思うので、思い切って東京でやっていたことと違うことを試したり、提案したりできそうだなと。思いついたらやってみようと思ってます。

 

朴   提案できるのいいですね。野村さんはどうですか? 提案してそうなイメージを勝手に持ってます笑。

 

野村  提案してます!みたいなことはないけど、普通にたぶん出演者の中で福井くんとは一番付き合いが長いから、多少、翻訳機能みたいなことを果たそうと最初思ってました。でも、最初だけでしたね、思ってたの。翻訳なんかできないですね。出演するとなると、普段演出家として稽古を見てるのとかなり違うという初歩的な気付きがあったんですけど笑。この現場ではどうやるかが重要なので、どう見えるかとか、福井くんが何考えてどう見せたいのかを想像しながら体現するのは、実際にやらないとできない。させられてるではなくて、やらなくてはいけないことの比重が大きい。それがコンプリートできないままに、何の翻訳もできないです。翻訳以前ですね。

 

あと、稽古場が流動的っていうのはそうですね。鶴田さんと吉野さんが来てようやく全員そろったのは昨日から。京都芸術センターが閉まってて、京都では稽古場自体が流動的になって思うように時間が使えなかったので、いろんな意味でここからだなって感じがしてますね。

 

テーブルで指を動かしてみての発見

 

 

野村   ものがどう扱われるのかみたいなことって、こんなに時間使って実際に自分がやることないので、面白いですけどね。シンプルに。手がめっちゃふるえるんですよ、実際にやると。頭の中では普段ふるえとか捨象してるけど。ものをこう動かします、ということだけで思考してるから。あと、テーブルの床面の木目のあらさ。カカカって引っかかりよるんですよ、ものが。頭の中ではそうじゃないのに。

 

 

   理論物理と現実の違いみたいな感じですね笑。

野村  物体Pが毎秒何メートルで動きます、ただし、空気抵抗はないものとする、みたいな笑。そういうところがハードルとしてありますね。やる側も観る側も考える側も、具体的なエネルギーが必要っていうか。そういうのをダイレクトに操縦するのが出演者、という感じです_。

 

 

   鶴田さんの実感的にはどうですか?

 

 

鶴田  テーブルとして使ってるけど、やっぱりステージデッキはステージデッキだなあと。すごい、床だな~って思います。材質が、テーブルはつるつるしてるものが多いけど、これはざらざらしてる。テーブルだけどテーブルじゃない、変な感じがします。

 

作品の中にはいろんな演目が入ってるんですけど、その内の1つに指人間で歩く『舞台と水』という演目があって。わたしはそれには出ていませんが、別の演目で指人間をやるシーンがあるんです。でも、それが難しいんですよ、めちゃくちゃ。

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稽古風景(写真:小中葵)

野村  難しいですよ、だって脚になるふたつの指の長さが違うから。

 

 

鶴田  東京で1人、見よう見まねでやってたんですが、京都入りして、みんなめちゃくちゃ繊細なんだけど!ってビックリしました。送ってもらった京都の稽古映像では手元がよく見えなかったので、実際にみなさんがやってる指人間を近くで見てみると、関節一つ動かすのにも、ものすごいエネルギーを感じるんですね。稽古は積み上げていくのが大事ですけど、みんなが京都で積み重ねているなか、自分にはその積み重ねがないなと思って、がーん、てなりました。でもだからこそ、自分のよそ者である部分を、いっそ創作の中で利用できないかなと思ってます。

 

吉野さんは、福井さんとやりたいことがちょっと違うんですよね。最終的な決定権は福井さんにあるのかな? 吉野さんも、吉野色を出したりひっこめたりしてるのかなと思います。だから自分がよそ者であることを活かして、吉野さんがひっこめてしまう要素を出せる役割ができたらって、今考えてます。

 

 

野村  さっきも言いましたけど、稽古場に全員が集まったのが昨日からだったんで、みんな若干遠慮しあってる感じはまだありますよね。

 

 

鶴田  そっちは任せた!みたいな感じで、でも周りはどんなことしてるのかなってそわそわしてる。

 

 

野村  演目がそれぞれ分かれてるし、演目と演目のつなぎ目の部分も、邪魔しないようにってなってますね。相乗効果みたいになるといいな。

 

 

鶴田  遠慮し合ってそれぞれが独立しているから、良い影響も逃しちゃってる気がして。悪いことだと思ったら実は良いことだった、みたいな作用が起きたらいいですよね。

 

 

野村  早めにロームシアターに集まって実際に上演する場所で稽古できているので、そういう意味でもこれから楽しみだなあと。

 

 

鶴田  7つのテーブルがある空間を実際に体験してみると、テーブルいっこいっこの世界が小さくて、すごく愛おしいと思いました。

客席問題

 

野村  それが難しくもあるなと思いました。客席からテーブルの距離がかなり違うので、難しいなとは思っています。各テーブルで同じ演目をやるわけでもないし、扱ってるものも小さいものが多いから、お客さんの見え方のばらつきをどうするんだろうというのが気がかりですね。そこが一番大事なんだろうなという気がしてます。上演する中身も大事だけど、客席からの距離と、そこにどんな人が座るのか、それ次第でかなり上演が変わっちゃうと思う。

 

鶴田  当初は客席を固定しない案もあったらしいです。

 

野村  お客さんが自分でテーブルから距離とれたらよさそうですよね。コロナ的にアカンかもですが......。

 

 

鶴田  どうしてもコロナの影響で、制約のある今の創作環境が、プラスに働くこともあればマイナスに働くこともありますよね。席を固定しなかったら、かなりスリリングになった気も。

 

 

野村  客席問題。結局客席が一番重要説ありますもんね。やっぱり客席の制度みたいなことは大問題ですよね、個人的にもですが。

 

 

鶴田  お客さんの集中力がどれくらい持つかも気になります。演技してる時、前方席のお客さんのリアクションはモロに影響受けそう......。目を合わせたくなっちゃう距離......。

 

 

   演劇がそうあってほしい感じはありますけどね。客席の反応を見て、強めたり弱めたりとか。

 

 

野村  この作品に出演しませんかと最初に言われたときに、カジノをイメージしたんですよね。テーブルマスターっていうか、ディーラー的に演者がいてて。このテーブルではブラックジャックやってまっせ、こっちではポーカーやってまっせ、みたいな。そういうテーブルマスター的な役割かなと思ってました。結果違いましたけど笑。

 

 

  それもおもしろそうですね笑。

 

指の長さが違う話、超当たり前だけど感動しました!今自分もやってみて、確かに長さ違うわ、と思いました。あれ、鶴田さんは長さ揃ってませんか?

 

 

鶴田  揃ってないです、揃えにいってるだけです笑。自分の指が気に食わないんですよね。

 

 

野村  没になったけど、ぼくの指人間はこれでやる案がありました。自分の体型ともあってますし。ぼくはこの指の動きすごく得意で。

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(滑らかな指の動きに鶴田と朴笑う)

野村  意外とこのふたつの指の長さが同じくらいで、やりやすいんですよ。

 

 

鶴田  なぜボツになっちゃったんですか?

 

 

野村  指じゃなくてぼく本体がゆっくり歩くことになったので。ひとりで太田省吾の『水の駅』っぽいことやってます笑。やることになったの今日からですけど。

 

 

鶴田  稽古でゆっくり歩いてたのはそういうことだったんだ…。それぞれのテーブルでそれぞれが稽古してるので、稽古の中でなにが変わってるのかわかんないところもありますね......。

 

粒みたいな時間とフィクションのライン

 

   今日の通し、都度都度止めながらだったということですが、そこで発見したことや考え方の変化などあれば、伺えますか?

 

 

野村  全体のランタイム、福井くん的には80分を超えたくないらしいんですけど、ぼくは70分がいいと思ってます。体感でしかないんですけど、もうちょっとキュッとしたほうがいいんじゃないかなと思いました。やろうと思えばたとえ90分でもできる気はする。俳優がものと関わるのがシンプルに楽しいからできちゃうんだけど、そこまで熱中すると、せっかくの客席との距離感が損なわれる気がしてて。もう少し、コアの部分にたどり着くところまでの道のりを減らしたいです。単純に時間を減らすだけじゃなく、一手一手がストレートに影響したいなって感じ。

 

 

鶴田  上演時間80分でも、体感100分くらいの気がしますね。

 

 

野村  止め通しの後に話していて、他の出演者の方が、作品に流れる時間が流れじゃなくて、粒みたいに思えると言ってました。確かにと思いましたね。流れじゃなくて、こうあって、こうあって、という感じ。粒立ちを際立たせたいイメージです。流れとして10分短縮するんじゃなくて、粒を小粒じゃなくて、大粒にするみたいな。そうすれば時間も短くなるんちゃうかな。

 

 

鶴田  粒を大きくというのはそうだと思います。またそれとは別に、福井さんと吉野さんの演目は雰囲気が結構違うので、そこの流れを良くしたいという気持ちもあります。あと、7つのテーブルで同時進行にいろんなことが起こってるので、稽古では分刻みできっかけなど決めてるんです。次は何分後に入ってきてください、この演目は何分までに終わらせよう、みたいな。厳密にきっちりやることも大事だけど、それを感覚でつかめるようになりたいです。もうちょっと流れるように作品の中に漂えたら、時間に縛られない居方ができたらいいなって思います。中の芝居に合わせてきっかけを決めるんじゃなくて、単純に何分後にセリフ言ってくださいみたいなことを、あんまり言われたことないかも。実際まだ固まってない部分もたくさんあるし、毎回厳密に同じ時間でできるかもわからないので、それも含めて上演として流動的であってほしいなと思います。例えばお客さんのリアクション1つで歩きのスピードだったりも多少変わるだろうし、そういうことも柔軟に受けとめつつ、その回ごとの、場の空気に適した時間の流れがある方が、作品がよくなりそうだなっていう印象はありますね。

 

朴   永久にプロセス、みたいな感じですね。

 

野村  福井さんと吉野さんの違いもおもろいんですよ。これは自分の、演劇側からの発言ですけど、フィクションのラインがあって、吉野さんはそのラインを簡単に超えてくるんですよね。劇場で表現する現象の中で、こういう時間作りましたから演じてください、から始まる感じがある。福井くんはフィクションのラインにたどり着こうとするところから始めるけど、吉野さんはそのラインから始めようとしてる。

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稽古風景

どうにかして現実的な場をちょっと改変して、フィクション的な空間に行こうとする福井くんと、テーブルがあって、そこが例えばテーブルにクロスを敷いてカトラリー設置して、そこがレストランですよってことにして、テーブルマナーの制度に従いつつ、でも食べてるのはラジオだったりする、ところからはじめてる吉野さん。レストランにするためのプロセスを踏むのが福井くん。けっこうそういう違いを感じてますね。場に対するアプローチは別だけど、相補的に作用し始めてる感じはあります。

 

 

鶴田  確かに、疑いがないですね。フィクションを惜しげもなく出すというか。ここはとにかくテーブルを歩くシーンなんです!みたいな。なぜテーブルに上がるのかとか、そもそもなぜ歩くのかとか、テーブルに上がって歩くまでの時間の流れや中身を、もっと深掘りしないといけないんだろうなと。フィクションが成立している前提でやるんじゃなくて、成立するまでの下地をちゃんと話したり、試したりする過程を大事にしたいです。

 

福井さんは、フィクションのラインの下の部分がすごくあるから、ライン上にいくまで時間はかかるけど、到達できたらすごくわかる、みたいな感覚があります。2人にはそういう違いがあるかも。だから吉野さんにはいっぱい質問して、どういうシーンにしたいのか理解しようとしてます。吉野さんはお話し好きなんで、聞くといっぱい答えてくれます笑。

 

 

野村  ジャンルの違いというか、どこから何を見てるかの違いは確実におもしろさとしてあるはずなので、そういうのを知らないまま終わるのは、単純にもったいないですね。話したいですね、確かに。

 

 

鶴田  吉野さんは演劇を演出するのは初めてで、普段は彫刻を専門に活動されてるんですね。で、今まで「もの」と対話しながら創ってきたから、今回「人」と対話しながら創作してみて、いろいろ驚いてました。俳優は、テキストや演出家のさまざまな言葉からイメージを膨らませて、意図を汲んで形にしますが、吉野さんは全部話さないといけないと思ってるんですよね、多分。台本も細かく動きが指定されてるし。それは俳優を信頼してないからとかじゃなくて、普段は自分が全部操作しないといけない「もの」と対話してるからなんですよね。本人も、そっか、「もの」じゃないんだ、って。だから東京の稽古のときに、まかせて~、やるやる、大丈夫、人は変われるから、って声かけてました。ものは変わらないけど、人は変われる。変わる、変えるっていうのが俳優の仕事なのかなって思いました。おもしろいですね、本当に。

 

 

   名言出ましたね......。ものへの興味は共通してるのかもしれませんが、素材に一対一で向き合って操作する吉野さんと、既にかたちをなしているものを他者と一緒にどう操作していくかを考える福井さんはけっこう違いますね。稽古場でも、こういうことについて話す時間がもっとあればいいのですが......。

 

 

野村  まずやってみないとわかんないことはありますよね。あれやこれや聞いて、お互い理解しました、じゃあそれやりましょうっていうところはある意味すっ飛ばせるんですよ。やってみてこうだった、ということをシェアする時間を、もう少しもてたらという感じです。フィードバックはしっかりくれるけど、もらうだけになっているかも。そういう意味合いですかね、もうちょっとしゃべりたいなっていうのは。

 

 

鶴田  どういうものを目指してるのかを共有したいですね。細かいあれこれはわかるけど、それがどうしたら理想に近づくのかをもうちょっと話したい。同じ目標を共に持ちたいというのはありますね。

 

舞台上のいろんなスケール、稽古場のいろんなコミュニケーション

 

野村  話変わるんですけど、今日の止め通しやってみて思ったことがあります。これはあらかじめオンゴーイングアーカイブで出しといたほうがいいと思って話すんですけど、いろんなスケールが舞台上に置かれてる。劇場の床、観客席、そこに座ってる「わたし」という等身大のスケール。それと、テーブルの中だけの世界のスケール感。いろんなスケール感があるんですよ。そこでテーブル同士が関わり合ったり、テーブルと劇場空間が関わり合ったりする。スケールの縮尺が、はじめからたくさん用意されてる。そのスケール感の、縮尺の変化。距離とか。その変化はスゲー楽しいと思います。人の語りとか、いわゆる演劇的なドラマチックな行為によってそのスケールが変わるのではなくて、テーブルに置かれたものとか、ものと人の距離感とか、ちゃんとスケールの変化を媒介してくれる「もの」や「こと」がある。パラメータとしてのものというか。テーブルの上を狭い世界として見ている、でも狭い世界じゃなかった、という見てる側の気づきやリテラシーによる縮尺の変化じゃなくて、単純に比較できるものがある。小さい車が走ってたりとか。ものがそのスケールのメディアになっているダイナミズムが面白い。それが今日分かったことですね。スケール的なドラマツルギーはあるなと思いました。感情とか物語じゃなくて、場の。

 

 

   物差しを変える場が用意されてるって感じ?

 

 

野村  そうそう。鶴田さんの言葉にかぶせると、場所も変われる。人も変われるし、場所も変われる。それを今日思った時に、自分の中の演出家的な部分がぐっと出てきました。出演する感じが50%になっちゃったかも。演出する50%が出てきた......。

 

 

   人の話が俳優の鶴田さんから、場の話が演出家の野村さんから出てくるのは、それぞれの視点の違いからかなという感じでおもしろいですね。作品の芯になる部分について、みんなで話せるとよさそうですね。京都に行きたい......。それをやるのがドラマトゥルクの仕事なのに泣。

 

 

鶴田  わたしは福井さんとのコミュニケーションが圧倒的に足りてないですね。京都組も吉野さんとのコミュニケーションが足りてない気がします。共演者や演出家とこんな会わない現場は珍しいです。稽古場の雰囲気や空気感をシェアすることがこんなに大事だったんだなと、今ひしひし感じてます......。

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稽古風景(写真:小中葵)

   私も今ひしひし感じてます笑。感じられない場所にいるので。(※いま朴は諸事情あり国外にいます)相手のからだのテンションとか反応でわかることたくさんありますからね。福井さんとか、全部からだにだだもれだから、顔とからだですぐわかるんですよね、あ~疲れてるな、とか、これ納得してないんだ、とか。

 

 

鶴田  吉野さんもわかりやすいですね笑。あと、吉野さんはほめ上手だなぁと。普段の演劇の現場ではやれて当たり前のことでも、やると「すごーい」って言ってくれます。初見で本読みできてすごい、とか言われたことなかったから、そうか、これはすごかったのか…と思ったり笑。このシーンの時間を短くしてと言われて、出演者が短くできたらすごいと言ってくれたり。俳優って、こういうができることがもしかしたら大事なのかなって、改めて考えさせられました。これ、吉野さんに断りなくいろいろ喋ってますね笑

 

 

   吉野さんは彫刻やってるから、木を彫るのとかたぶん簡単なんですけど、それはこっちからしてみたら「なにそれ、神か!なんでできるんだ!」って感じですよね。

 

 

鶴田  わたしも彫刻をやってみたら、吉野さんすごい!ってなると思います。だからなんかうれしかったですね、吉野さんのおかげで、あー、わたし俳優やってていいんだ、みたいな気持ちになりました笑。

 

 

朴   演劇の現場って、ほめるほめないとか以前に、これおもろいやん!みたいな時間が少ない気がします。何でかって考えると、劇作家や演出家の考えた通りのものを作ろうとしてるから、そこにたどり着くために今やってることは全部当たり前、みたいなことがあるかもしれない。

 

新鮮にすごい!おもしろい!と言い合えること、そういう発見があるということに、他分野とのコラボレーションの尊さを感じます......。なにかを積み重ねてきた人にとっての当たり前は、他の人にとっては当たり前でなくてすごいことなんですよね。今日はどうもありがとうございました!

 

ロームシアター京都×京都芸術センター

U35創造支援プログラム“KIPPU”

デスクトップ・シアター

202172日(金)~74日(日)

ロームシアター京都ノースホール

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